angels_top news profile works gallery essay bbs links private


■ESSAY :March 2000

 ■トップに戻る

 ■2005年5月03
 ■2005年5月02
 ■2005年5月
 ■2005年4月
 ■2005年2月
 ■2005年1月
 ■2004年12月
 ■2004年10月
 ■2004年9月
 ■2004年8月
 ■2004年7月
 ■2004年6月
 ■2004年4月
 ■2004年3月
 ■2004年2月
 ■2004年1月
 ■2003年12月
 ■2003年10月
 ■2003年8月
 ■2003年7月
 ■2003年6月
 ■2003年4月
 ■2003年3月
 ■2003年2月
 ■2003年1月
 ■2002年12月
   台湾旅行記
   1日目  2日目
   3日目  4日目
 ■2002年11月
 ■2002年10月
 ■2002年8月
 ■2002年7月
 ■2002年6月
 ■2002年5月
 ■2002年4月
 ■2002年2月
 ■2002年1月
 ■2001年12月
 ■2001年11月
 ■2001年10月
 ■2001年9月
 ■2001年8月
 ■2001年6月
 ■2001年5月
 ■2001年4月
 ■2001年3月
 ■2001年2月
 ■2001年1月
 ■2000年11・12月
 ■2000年8月
 ■2000年7月
 ■2000年6月
 ■2000年5月
 ■2000年4月
 ■2000年3月


高田先生の「気まぐれ更新日記」です。

ANIME EXPO 2000 日記 Part2 Date : 2000.07.30

◆7月2日(日)
11時の布川社長の講演まで公式スケジュールがないのに、やはり6時前に目 が覚めてしまう。部屋で色紙を描き、日記をつけて、日本に電話する。やはりつ ながらない。部屋から何度かけようとしても、やり方を変えてみても駄目。とう とうグリーンルームのスタッフに伝えると、チェックインの時の設定のせいで外 線が繋がらなくなっているらしい。設定を変えてもらうので15分位待ってくれ といわれて、部屋に戻る。やはり駄目。日本を出てからずいぶんたつのに、部屋 番号さえ連絡できていないのだ。これがリゾートのリゾートたるところか、ちゃ んとしたビジネスセンターもなくファックス1枚送るのにもたらい回しで、しか もひどく待たせる。おまけに、後で知ったところによると、2枚別々の場所に送 るところを1カ所にまとめて送り、「OK,Perfect !」とくるのだから、陸の孤島 のようなものだ。

コンベンション会場地下1階、いよいよ布川社長の講演。ちょっと早めに会場 に向かうと、すでに階段には長蛇の列が出来ていた。今回、アメリカでの事業を スタジオぴえろと提携するデジタルマンガ社の笹原社長との共同イベント。司会 は前回 A-kon の時にもお世話になった山下さん。彼女の通訳はとても良いと思 う。仕事ながら作品にも詳しく、話が通じるのが早い。来場者に配られるトレー ディングカード3枚セット(豪華!)やブースでの告知、初日の私のFocus Panelのネタふりの効果か、会場は満席。この日のために頑張ってきたスタッフ は感動。ぴえろ作品のオープニングを編集したビデオには満場から盛大なリアク ションがあり、アメリカでも人気の数々の作品タイトルに較べるとマイナーな 『「スタジオぴえろ」!!』の名前を重点的に売り込む社長のスピーチも大受け で、あまりの大成功に、会場のすみで涙ぐむスタッフもいた。最前列の端で見て いた私も、ついつい「新クリィミーマミっていつやるんですか?」と質問。すで に、会場のイベントで面が割れている私からの質問に会場も大笑いで、楽しく和 やかなイベントになった。布川社長、実質的なことや詳しいことは本間プロデュ ーサーを指さし、話をふってしまう。さすがにカンロクだわぁ、ともうタツノコ プロ時代からの長い知り合いの私も感慨深いものがあった。そしてお待ちかね抽 選会。ファンシーララやその他ぴえろ作品の複製セル、会場を飾ったポスターな ど、みんなあげちゃえ!の大盤振舞で会場はいっそう盛り上がった。私の絵の入 ったものデザインした作品には私もその場でサインを入れてファンサービス。ス タッフの中にもサインを求められる人がいた。スタジオぴえろのメンバーは上映 などの作品プロモーションもあったけれども、何よりこのイベントにかけていた のではないだろうか。皆に安堵の雰囲気がひろがっていった。

講演後、グリーンルームでデジタルマンガ社の笹原社長にご挨拶。ダラス行き のスポンサーであったにもかかわらず、今まで紹介を受けていなかったので、改 めて御礼する。笹原さんは英語版の私のサイトをつくりたいと、ありがたい申し 出をしてくださった。それについては以前から考えていたことでもあったから‥ ‥ただ、3つ目の公式サイトに日記を書き、たまにはNewTypeのPeople calendar にも載せるほど波瀾万丈の生活を送っているわけではないので、やり方について はクリーク・アンド・リバーの担当エージェントと相談して欲しいと伝える。英 語版だけではなくフランス語、イタリア語、広東語、台湾語のサイトがあったら どんなに素敵だろうと、心の中で嬉しく思う。もうひとつ、この日、グリーンル ームにはおにぎりがあった。久しぶりでとても嬉しかった。

午後からはお待ちかねの乗馬。前回のダラスでの乗馬で馬に親しんだデジタル マンガ社のアレンジでアーバインパークへ。小金井公園が大きくなったようなと ころで、あちらこちらの木の下ではバーベキューパーティーをする人たちがい た。乗馬クラブでは馬場を駆脚する会員もいたが、私たち観光客は前回のダラス 同様連なってポテポテ歩くのみ。ただ、拡がる風景は独特で、陽射しは強いもの の風があり湿度が低いので快適な乗馬だった。砂漠地帯ではあっても潅木の茂 み、花、背の高い草の生える草原と目を楽しませてくれる景色があった。坂道は 後ろに体重をかけて駆け下り、爽快な気分。乗馬未経験の人は馬上で力が入った せいで筋肉痛がおきそうだと言っていたが、私は一人馬を走らせたくて内心ウズ ウズしていた。今回、鐙の長さもちょうど良く、ウェスタン乗馬にも慣れて、や ってみたい気持ちを抑えるのにはちょっと苦労した。

夕食は中世風の建物で馬場馬術やトーナメントをアトラクションにして見せて くれるディナーショーへ。ゲスト全員とANIME EXPO のスタッフで大人数の団体 になった。王様とお后様のお出迎え、希望者はガウンを来て王様に騎士にしても らえる。建物自体はイタリアやフランスなどで本物を見ているので、ちょっと遊 園地臭いなぁと思ったけれども、さすがにエンタテインメントの国アメリカ。シ ョーの内容は充実していて、気分が自然に高揚してくるような構成になってい る。食べ物は全部手掴みで食べることになっていてナイフやフォークなどの道具 はなし。カメラを構えるときに手を拭わなくてはならないのが大変だった。馬に 夢中になっていると食べている暇は無かったけれど。

ホテルに戻り最終日のミーティングのあと、デジタルマンガ社の部屋で軽く飲 む。日本への電話が繋がらないと言う話になって、隣の部屋の電話を借りてかけ させてもらう。なんと長い道のり、前の連絡から100時間以上たっていたのだ から。まさか、アメリカでこんな事態になるとは想像していなかった。フランス からでも香港からでも電話もファックスもすぐに繋がっていたのに。少し里心が ついてしまう。


◆7月3日(月)
またも6時過ぎには起きてしまう。仕方ないので起き出して、やはり日本人か ら頼まれた色紙を描く。そして日記つけ。コンベンション最終日なので出来るこ とはみんなやろうと自分に気合いを入れてグリーンルームへ。カップ麺が無かっ たのでポテトチップスで朝食。

2回目のサイン会に告知不足で参加できなかったファンからクレームがあった というので、最終日の無抽選の時間制限有りのOpen Autograph Session に参加 する。9時から開会式のあったホールの壇上で他のゲストと一緒に並んで一人ず つ呼ばれるファンにサインする。希望者は作家毎の列をつくって待つといったシ ステム。他人と比較されるのはプレッシャーだと誰かが言っていた。斯様に作家 の心は傷つきやすいものなのだ。

10時10分になって山下さんがデジタルマン ガ社のインタビューのために迎えに来る。天気が良く気持ちがよいので、外のカ フェのパラソルの下でインタビューを受ける。インタビューアのルイス氏、絵の 話に関する質問は結構伝えるのが難しいところまでいく。心理学、近代美術史に も話が及び、さすがの山下さんも通訳に苦労していた。「近代美術史と心理学、 特にユング派、勉強しておいてね、宿題だよ」と、お気楽な私のお願いに山下さ ん、トホホな様子。

12時からはCharacter Designer's Panel、今回招待されたゲストの中のキャ ラクターデザインをする人たちのみを集めてのQ&A。端に座っていたせいで挨 拶の口火を切った中澤さんのたるーい喋りが伝染したのか、みんな二日酔いのせ いか、気勢の上がらないこと。ただ、皆それぞれにやり方を持つ作家達なのだな と納得させられるものがあった。私も疲れていて二日酔いだったので、詳しい事 は忘れたけれど、創作の秘密と言うよりは物創りの姿勢が現れたイベントだった と思う。

午後1時5分、原画展会場へ。最終日なので顔を出すとその日の朝伝えておい たので、インフォメーションも出ていたらしく、何故か行列が出来ている。会場 に顔を出すこととサイン会は私にとってはイコールじゃないのだけれど、ファン にとってはイコールなのだと観念する。GoFaのスタッフも、サイン会ではなく感 想を聞いたりして歓談する機会にと思っていたので、ちょっと思惑がはずれたら しい。自動的にサイン会に突入。会場にいる人にあげようと思って持ってきたス タジオぴえろトレーディングカードセットの数が足りないので、サインするとき にジャンケンして私に勝った人にプレゼントすることにした。日本ではジャンケ ンは弱い私も、ここでは何故か半分以上勝てたので列の最後のほうまでもったの だが、とうとう無くなってしまったので、それ以降は勝者とは握手をすることに した。楽しいフィナーレではあったものの、展覧会というよりはイベントのよう になってしまった98年暮れの「Angels展」の再現になってしまった。途中、出 発するスタジオぴえろの一行が訪れて、布川社長と私の両方のサインの入ったま どかのTシャツなどという珍しいアイテムもできてしまった。

午後3時からはグリーンルームでANIME EXPO の大型コンビ、Charles と Josh のインタビュー。インターネット新聞に記事が載るらしい。グリーンルームはゲ ストはショッピングセンターに行ったとかで静かだった。

オークションが始まるのが遅れているというので、空いた時間、何か食べよう と中庭に出る。さすがに2日続けて行った店はさけてレストランに入ろうとする が、まだ開店前。半地下のワインセラーで冷えたカリフォルニアの白ワインとチ ーズで一息つく。地上が見える上部の窓からは外のにぎわいと明るさがこぼれ て、コスプレをした大会参加者達の足元が動く。少しだけ別世界のワインセラー はそれでもひっそりと静かで、外の世界は映像を見ているような気分だった。

オークション会場には直行せずにグリーンルームでかなり待つ。やがて、何や らスタッフの動きが慌ただしい。チャリティーオークションでレコードが出たと いうのだ。今回のチャリティーの目的は死期の近い子供の夢をかなえる為に使わ れると言うことだった。私は着彩した色紙とサイン会のスタンプ2個を託してい た。やがて興奮気味のスタッフが迎えに来る。まどかの色紙が大変な高額で売れ たという。マミの色紙がその日の2番目の価格で、その他にも別の団体から寄付 されていたパトレイバーの番組使用セルにも良い値がついたらしい。会場の壇の 上、スタッフも落札者もいまだに興奮から醒めきらないざわめきのなかで、色紙 やセルに落札者の名前を入れる。会場に集まる人たちはこの日のためにお金を貯 めてくるそうだ。チャリティーへの意識の高い国らしいと思ったが、それでも驚 かされる、ANIME EXPO にとっても嬉しい結果だっただろう。結果が出るまで思 えば少しナーバスになっていた私も、メインゲスト(だったらしい)の責務を果 たし終えた安堵感があった。

今回のグーリンルームスタッフのためにぴえろのトレーディングカードセット にサインと宛名を入れながら閉会式までの時間、グリーンルームで小休止。去年 の1.5倍の17人のゲストを迎えてスタッフも手薄になり、会期も3日間から 4日間に1日延びて、その分一人一人の負担も大きかっただろう。私もろくろく 眠れなかったが、スタッフも寝ていないんだろうなぁと思いながら1枚ずつサイ ンする。

閉会式では、ゲストが一言ずつ挨拶し、私もオークションの御礼を言う。入場 者も去年実績より大幅に増えて、主催者も参加者も、その盛り上がりに嬉しそう だ。私は開会式で片目を入れたダルマにもう一つの目を描き入れ、壇上で握手し た主催者のマイク・立川氏の手のひらも冷たくしっとりとして、嬉しい興奮を物 語っていた。閉会の言葉は深見梨加さん。

その後、大部分のゲストはガンシューティングに行き、参加しないゲストと一 緒に一昨日の夕食の時に行った「山吹」で焼き魚膳と日本酒の夕食。私の細い骨 格で銃を撃ったら反動で肩に悪いに違いない。部屋に戻り入浴。翌日はフリータ イムなのだが、どう行動して良いのかはっきりせず、何をお願いできるのかわか らないので、山下さんに連絡し、ANIME EXPO のスタッフがパーティーを開いて いるスイートルームに一緒に行くことにする。スイートルームはさすがの豪華さ で、ベッドルームが2つ、キッチン、リビング、テラスなどがあった。青いお酒 を飲みながら緊張が解けていくと、どうにも眠くなってしまって、涼しいテラス で長椅子に横になって眠ってしまった。普段、絵を描く、散歩をする、食べる、 寝る、お風呂に入る、また打ち合わせする‥‥創作活動に特化したシンプルな生 活を送っている私には怒涛のスケジュール、しかも1日5時間くらいしか眠って いなかったのだから当たり前と言えば言えるだろう。山下さんがANIME EXPO の スタッフと話し合った結果、私は別行動でのんびり自由行動することになった。 このホテルはあまりにも多くの音が満ちていて、気持ちがどこか休まらないとこ ろがあったので、自由行動はなるべく静かなところに行きたかった。

◆7月4日(月)
アメリカの独立記念日7月4日。コンベンションが終わってリラックス出来た と思っていたのに、またも早くに目が覚める。だが、ベッドからは起きあがらず にうつらうつらと寝返りを打っていた。山下さんに連絡し9時半に中庭のオープ ンカフェで待ち合わせて、用意してきた水着などリュックに詰めて小旅行の準 備。

デジタルマンガ社からは山下さんとステファニー、私と友人の4人で気楽な One Day Trip。高級ショッピングセンターでソフトクリームを食べて、海辺の小 さな店が立ち並ぶ通りにお土産物を買いに行く。若いアーティストの作品をたく さん並べた店で色々と面白い物を買う。馬の銀のブローチにはオシリのあたりに 真鍮のハエがついていて、乗馬の時に馬に寄って来るハエに悩まされている自分 としては、何やら嬉しく大喜びで買ってしまう。その他にも珍しい美しい物、面 白い物が色々あったので、殆どのお土産はこの店で買った。参考までに Valinda's Art for the Soul と言う店で、Balboa Islandにある。私以外は水着 をもっていなかったので、その近所の店でみんな買う。これまではスタッフだっ たのに、水着を買うときには、いっぺんにプライベートな乙女に戻ってしまっ て、ああでもないこうでもないと悩む姿が面白い。時間を持て余した私は派手な 花柄のパンツスーツをいつか行くリゾートのために買ってしまった。

そこから車で約1時間、砂漠の中の何もないようなところに、まるでオアシス のようにスパがある。いくつものプール、ジャグジ、優しい木陰、噴水、サウナ が広い敷地に並んでいて、全員が全員、もっとはやく来なかったことを後悔して いた。チキンサラダを食べていると、早くも予約したマッサージの30分前にな って受付に行く。マッサージの前にサウナに入って体を温め血行を良くしてお く。ハーブオイルを使ったマッサージは薄暗い個室で一人ずつの施術。担当の人 が席を外したときに部屋を写真に撮ったのだが、ストロボをたいてしまったので 雰囲気は変わってしまった。ヒーリングミュージックが流れる中、優しくマッサ ージ。眠ってしまいそうに良い気持ちだったが、好奇心のためか、全部覚えてい る。コースの最後に指圧も入っているとなお良かったと思う。肩と背中の凝りは ゆるんだものの、とれなかったので‥‥マッサージが終わると終了まであまり時 間がない。ジャグジでゆったり泳いでいると、もう閉館時間になってしまう。1 日中いても良いような場所だった。

身支度を整え、海辺のレストランに向かう。予約を受け付けないその店で独立 記念日に良い席が取れるか心配だったが、とにかく行ってみる。幸いにも海辺の デッキの席が一つ空いていた。日は落ちかけ、海風は涼しく心地良い。文句無し のシチュエーション。ただ、意外なことに皿やコップ、カトラリーそのすべてが 上手に洗えていない。グラスや皿の裏、フォークにくっついた食べカスを発見す るたびに皆で大笑いしてしまった。近くのテーブルがやたら盛り上がっていて、 うるさかったのも、もしかしてこのせい? Napaの白ワインにエビとカニのカク テル、オイスター、カジキマグロのグリル、美味しく食べていると遠くに花火が 上がり始める。雰囲気を楽しんでシャンペンをもう1杯。最後の夜の余韻に浸 る。ここカリフォルニアでは乾燥地帯でもあり、山火事などの防止のため、花火 は元旦と独立記念日の2日間だけ許されているのだという。

ホテルに戻って、ANIME EXPOスタッフのスイートルームに段ボール箱を取りに 行く。撤収の準備が始まっていて、お開きの雰囲気が満ちていた。その夜もう帰 るデジタルマンガ社のスタッフにお別れして部屋に戻る。

◆7月5日(水)〜6日(木)
いつものように疲れて電気をつけたままベッドに倒れ込んでいた。いつものよ うに6時過ぎに起き出して荷造りを始める。スーツケースも段ボール箱もどんど ん埋まっていき、だいたい分類し終わった後、入浴し化粧品なども仕分けする。

9時半、ロビー集合。Fedexで段ボール箱を送る。それでも荷物は相変わらず 多い。10時5分、コンベンション会場でもあったディズニーランドリゾートを 出発。空港ではチェックインカウンターでまたしても長蛇の列。事務手続きも相 変わらず、驚くほど遅い。最後のメキシコ料理、ゲスト記念の集合写真。そして お別れ。

午後1時半搭乗。帰りの長いフライトが始まった。今度も満席。疲れてつけて いなかった日記をタイムテーブルのメモを頼りに書く。なぜかすでにずっと昔の ことのように思われる。帰りのフライトでは結構、日本人ゲストの人たちは席を 立って後ろでおしゃべりなどしてリラックスした雰囲気。ときどきこうして立っ ていないと瞬く間に食事の時間がやってくる。日付変更線を超えて明日の国「日 本」が近付く。

日本時間午後3時32分、無事着陸。あっさりと通関し、流れ解散。

こうして8日間に渡った今年2回目のアメリカ旅行は終わった。あまりの非日 常に興奮していたらしい私の神経も日本に帰ると落ちついて、またいつもの長時 間眠る人に戻った。続く金曜日と土曜日は寝ては食べ、食べては眠るだけの時間 だった。そして次の日曜日、最近の私の日常の大きな部分を占めている場所に出 かけていった。

戻る

ファンメールはこちら  お仕事の依頼・お問合わせはこちら

当サイトの画像は、エム研の電子透かし『LUCENTMARK』により著作権情報を確認できるようになっています。
内容・画像の無断転載については固く禁止致します。

Copyright: (c)TAKADA Akemi, 2002. All rights reserved.